20010915

愛知 広範な国民連合・愛知が総会

安保清算し、新たな進路を


 「日米同盟の五十年と日本の進路」をテーマにした講演会が九月八日、名古屋市で開催された。自主・平和・民主のための広範な国民連合・愛知の第七回総会の記念講演として企画されたもので、この日はサンフランシスコ講和条約・日米安保条約締結五十年目にあたる。
 講演会は名古屋大学教授の佐々木雄太氏を講師に、沖縄を米国に売り、アジアに敵対し、いまなお多くの米軍基地の存在を許すなど、戦後一貫した対米追随の外交を検証するものとなった。
 佐々木氏は、米国の指揮下で非軍事化・民主化をめざした初期の占領政策から、米ソ冷戦の中で「反共防波堤」としての日本の再軍備を進めた当時の情勢と米国の戦略を説明した。続けて、「片面講和」となるサンフランシスコ講和条約・日米安保条約締結当時の支配層の意図を解説した。
 佐々木氏は、戦争終結を意味するこの条約において、沖縄や小笠原諸島の米国への引き渡しという近代の世界政治ではまったく異例なことが行われたことを指摘した。
 以降、日本は政治・外交・経済での対米追随とその下で戦争責任のあいまいさをもったままアジア諸国との不自然な関係を続け、六〇年安保以降はますます対米追随の度を深めて冷戦下でソ連・中国を「仮想敵」とした軍備増強を求められた。さらには七八年の「日米防衛協力の指針」以降の日米共同演習・共同研究の進展、八三年の中曽根・レーガン会談での「日米運命共同体」「不沈空母論」、八四年の「日米共同作戦計画」などへと進んだ。
 そして、ソ連崩壊後は唯一の覇権国となった米国の世界戦略に沿って、必然性のない日米安保を再定義し、その適用範囲を拡大、「アジア・太平洋地域の平和と安全」「日本周辺地域に発生しうる事態」として、九六年「日米安保再定義」、九七年「新ガイドライン」、さらには「周辺事態法」で米軍の後方支援=米軍との共同軍事行動に踏み込んだとくわしく経過を説明した。
 最後に、佐々木氏は、急速に大国化する中国に対抗する米国のアジア戦略に沿った「地域機構」としての日米安保の下で引き続き対米追随の道を進むのか、それともアジアの中の日本として生きていくのか、二十一世紀の国際社会における日本のあり方が問われていると結んだ。
 なお、総会に先立ち、広範な国民連合・愛知のメンバーはJR金山駅頭で街頭宣伝を行い、「日米安保条約を清算し、自主外交でアジアの共生」を訴えた。

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