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労働新聞 2017年4月25日号 投稿・通信

熊本地震から1年 
「創造的復興」より生活の復興を


 一人たりとも置き去りにするな

熊本市・原田 哲夫

依然残る被害の跡と恐怖
 強烈な二度の地震から一年。長かったようであり、あっという間でもあった。
 一度目の地震の後、やっと片づけが終わったところにもっとひどいのがきた。どこが安全かと考えながら、スーパーの駐車場で車中泊で過ごした。電気もない、水も出ない状況の中で、誰もが必死に生き延びようと動き回った。避難所の炊き出しにも、照りつける暑い日差しの中、何時間も並んだ。
 ガラスや食器の散乱した部屋を片づけるのに何日もかかり、壊れたテレビを買い替え、ガラスの扉のなくなった水屋と、残った不揃いな食器で、今も過ごしている。水道の復旧には一カ月もかかり、水のない不便な生活に疲れ果てた。
 一見したところ町並みは前と同じに戻ったようにも思えるが、家の塀や道路の側溝や、どこそこに地震の跡が残っている。私の知人も何件もの家が壊れ、車がつぶれ、将来への不安を抱えながら仮設で過ごしている。またちょっとした余震のたびにすごかった揺れの恐怖がよみがえってくる。
 地震の傷跡はそう簡単には癒えそうもない。

住民置きざりの「四車線化」
 四月十四日、地震から一年が経った益城町を歩いてみた。町の中心を走る県道は凸凹が残っているものの、沿線の倒壊した建物はほぼ解体され、あちこちが更地になって広々としている。表向きは、復興に向けて着々と進んでいるような印象を受ける。
 歩きながら、いま通っている幅十メートルのこの道が、約三倍の二十七メートルに広げられ、四車線になったらどんな街になるのだろうかと想像してみるが、がらんとした通りに車だけが走っているイメージしか浮かんでこない。
 実は、この県道の四車線化が復興のシンボルとして、突如決定され、着々と計画が進められている。
 一方で、いまだ、県下全体では応急仮設住宅に一万人が住み、みなし仮設住宅に三万八千人が住んで、不安の日々を送っていることを考えると、本当にこれでいいのかと考えてしまう。
 先日、熊本日日新聞社のインタビューの中で蒲島知事はこう答えている。復旧・復興の現状をどう見ますかという質問に対して、「多くの被災者が仮設住宅に入居された。経済も人手不足観はあるものの、回復基調に戻った。心配していた住まいと仕事の確保に一応のめどがついた」「今後は創造的復興の段階に入る」として、益城町の県道の四車線化や熊本空港の民間委託、八代港のクルーズ船の拠点化などをアピールした。
 そもそも益城町の県道四車線化が持ち出されたのは突然だった。昨年十一月に、益城町が県に復興の在り方を要請した時に、町の方から提案され、知事が即決して計画を受け入れたとされているが、何かおかしい。
 町が復興に向けて町民に実施したアンケートからも、県道の拡幅、整備は挙げられているが、四車線への意見は出ていない。
 また、県や、町といっしょになって復興計画を作った関係者も、四車線化の計画までは立てていないと言う。どうみても計画を強引に進める力が裏で働いているようだ。
 十一月の計画発表から、十二月の住民説明会、年末年始にかけての都市計画変更の縦覧、一月の県都市計画審議会での承認、三月の国土交通省の計画承認と、住民の不安や反対の声を振り切るように事態は進められている。
 だが、県と町の計画に対し、住民からは多くの不満や、不安の声が、いまも広がっている。道路沿線で美容室を営むある店主は、四車線化で「解体も、建て替えも、仮設商店街への入居も、計画はすべてキャンセルした」と嘆いている。この計画によって、自由な再建は制限され、用地交渉や工事など十年に及ぶ完成を待たされ、見通しも立たない状況におかれてる多くの人がいる。計画説明会の会場では「反対する人の用地も強制収用するのか」という怒りの声もたびたび聞かれた。仮設自治会の会長は、「われわれには、まったく情報も届いていないと」何度も行政を批判した。
 上益城郡医師会も「熊本都市計画道路の変更に対する意見書」を県に提出し、「計画に断固反対する」と表明した。益城町の復興計画をまとめた委員会の、鈴木桂樹委員長(熊本大学教授)も「町民への説明は不十分で、不安の声が上がるのは当然だ」と言っている。
 行政は、四車線にする理由として、「交通量が増えている」とか「災害に強いまちづくりになる」とか言っているが、住民を置き去りにしての復興はありえないのは明らかだ。

解消されない生活の不安
 今、何よりも最優先すべきは被災者の住宅問題と将来への不安の解消だ。最近の、熊本日日新聞社による聞き取り調査によると、住まいの再建・確保について、「見通しが立たない」と答えた人が五〇%を占めたという。この結果は、昨年十月の結果と大差がなく、「この六カ月間で被災者を取り巻く厳しい環境に大きな変化はなく、復興に長い時間が必要な現実がうかがえる」と述べ、「生活再建へ進展見えず」としている。
 災害公営住宅の建設は、やっとこれからだが、比較的安いと言われる公営住宅の家賃でさえ払えないという人もいるのが現実で、年金だけで細々と生活する高齢者や生活保護世帯など、本当に困っている人の不安を解消することにもっと力を入れるべきだ。
 三月末、益城町の仮設住宅で一人住まいの六十一歳の男性が病死してから数日経って発見された。県が調査したところ、みなし仮設で死亡した十三人のうち三人が誰にも看取られずに亡くなっていたことが分かった。行政や地域の民生委員も人手が足りず、十分な見回りができていないという。このままでは同じことが続くのは避けられないだろう。
 益城町仮設団地自治会連合会の吉村静代代表は、熊本地震一年を迎えたインタビューで次のように語っている。
「被災者一人ひとりが自分らしく安心して暮らせることが本当の意味での復興だと思う。町に命を吹き込むのは人。行政はインフラ整備だけでなく、住民が生き生きとした日々をどうしたら取り戻せるかを考えてほしい」。
 大規模事業をシンボルとして掲げた「創造的復興」よりも、いま、仮住まいしている五万人近い人が、安心して生活を再建できるかどうかが問題だ。生活のメドも立たず不安を抱えている人を置き去りにして、本当の復興はない。
 このままでは、ただでさえ広がっている格差がますます広がるばかりだ。生活困窮者はますます追い詰められている。県や町は「何よりも住民の生活再建を第一に」と言ってきた。言葉どおりの政策への転換をしろと強く言いたい。


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