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労働新聞 2017年4月25日号 投稿・通信

映画「私は、ダニエル・ブレイク」を見て 
休日に息子お勧め作品を楽しむ


国の残忍性と人間の尊厳描く

京都府・加藤 隆文

   「最近、何か面白い映画やってないか」と息子に聞いた。小さい声でぼそっと「私は、ダニエル・ブレイク」という答え。「えっ、なんだそりゃ」…。
 私は映画を見るのは好きだが、通とかマニアとか言うレベルじゃない。時々重たいものもみるが、最近は「スノーデン」とか「シン・ゴジラ」とかSFともファンタジーともドキュメンタリーともつかないような軽いものを見て息抜きをしたりする程度だ。「私は、ダニエル・ブレイク」といのは聞いたこともなかったので、「誰の作品?」と尋ねると、ケン・ローチ監督だという。
 数年前にも息子と同じやり取りをした。「最近面白い映画ないか?」「麦の穂を揺らす風」「え、なんだそりゃ」と。しかしそれ以上の説明はない。息子の独特の感覚については分かっていたので、お勧めならばと思って見に行った。そして席を立てないほどに感動した。今でもこんな映画を作る人がいるのかと思った。映画でこれほどの感動を覚えたのは五十年前の「アルジェの戦い」以来のことだった。
 ということで、今度もきっと何かあるだろうと思って、京都シネマへ足を運んだ。だいたい、何の映画なのかも知らないままに行ったのだ。

「火傷するほど」の感動
 舞台は英国。物語の組み立ては、心臓病で働けなくなった主人公(ダニエル・ブレイク)とシングルマザーで生活保護を受けているケイティが、互いに支え合って生きていこうとする様と、そこに立ちはだかる国の複雑な制度をリアルに描いている。福祉事務所か生活保護の窓口なのか分からないが、お役所の理不尽な官僚的対応に、見ていて頭から湯気が立ちそうになるが、主人公のダニエルは文句を言いながらも役所の要求に忠実に応えようと努力する。また、精神的にも追いつめられていくケイティの家族を支えるために、家の修繕をやったり、フードバンクに食料の配給を受けに行くのに付き添ったり、同じ苦しみを持っているものだけが分かる献身的な支援を続ける。
 ある日、役所で良心的な係官が「私は根が良くて正直な人がホームレスになるのを何人も見てきた。だから、あきらめないで」と説得するのを振り切って、ダニエルは「ありがとう。だが、尊厳を失ったら終わりだ」と役所を後にする。そして、映画のタイトルになった行動に出る。
 映画が終わった時、またしても、しばらく席を立てなかった。私だけでなく、映画館の中にいた誰一人、完全に終わって室内が明るくなるまで動こうとしなかった。
 後で見たのだけれど、映画の予告編の中では、「火傷しそうなくらい強烈で感動的」とうたわれていた。ラブストーリーでもなく、ホームドラマでもないが、この評価はその通りだ。

では日本はどうか?
 さて、私たちは昔から「英国では福祉政策が充実している」と教わってきた。だが実相は「福祉で生きる人間は問題のある人」という社会通念が昔からあったのだという。さらに、近年の緊縮財政の影響が福祉政策にもろに出ているようだ。この映画で描かれている役人の対応はその現れであり、「尊厳を失わせる」という目的意識が制度の中に貫かれているということなのだろう。
 ケン・ローチ監督はこの映画の制作動機を次のように語っている。
「死にものぐるいで助けを求めている人びとに国家がどれほどの関心を持って援助をしているか、いかに官僚的な手続きを利用しているか。そこには、明らかな残忍性が見て取れます。これに対する怒りが、本作を作るモチベーションとなりました」
 慈善団体の援助に頼らなければ食料も得られない子どもが二十万人以上もいるという英国。こういう現実が欧州連合(EU)離脱の国民投票の背景にもあったのではないだろうか?
 八十歳を過ぎたケン・ローチ監督が引退を撤回してまで作りたかったというこの映画は、おそらく彼の最高傑作といえるものだろう。ちなみに二〇一五年のカンヌのパルムドールを受賞した。京都ではまず京都シネマで封切られたが、NHK「ニュースウォッチ9」で取り上げられてから、ムービックスなど大手映画館でも次々と上映が始まった。
 ところで、日本はどうか。先日、国会質疑の中で安倍首相が、プライマリーバランス黒字化を達成できないんじゃないかという質問に対して、「扶助費の五千億円削減を実行した。これは、そんなことできるはずがない、とみんなが言っていたことを、安倍政権が初めて実現した」と胸を張って答えていた。困っている人びとを切り捨てる政策を胸を張って自慢する首相の下で私たちは暮らしている、ということだ。
 これに怒りを感じる人たちにぜひこの映画を見てもらいたいと思う。
 最後のダニエル・ブレイクの葬儀のシーンで、ケイティの読み上げるダニエルのメモは「わたしは人間だ」という。淡々として「哲学的」でもある。そして、その葬儀にあの良心的な役所の係官も列席していた。「悲劇的」なのだが、人間の温かさを感じることのできる映画である。


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