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労働新聞 2017年4月5日号 投稿・通信

伝統の民俗文化が支える
沖縄の闘い


映画「標的の島 風かたか」を見て

  三上智恵さんの監督第一作「標的の村」を四年前に見終わった時、上映会を主催した女性に「怒りで腕がわなわなと震えました。こんなことめったにないんですけど」とお礼を言ったのを覚えている。しかし、新作の印象は「わなわな」でなく、心の深くにというか、心の根っこにずしんと迫るものだった。
 新作「標的の島 風(かじ)かたか」が公開された三月二十五日の翌日、東京のポレポレ東中野に行った。その日は氷雨の降るあいにくの天気だったが、超満員で、座りきれない人には補助椅子や座布団が用意された。初日は青森から見に来た人がいたらしいが、この日も遠く長野や千葉の銚子から見に来たと言う人もいた。
 映画は、昨年六月に沖縄県那覇市で開かれた「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会」の場面から始まる。
 古謝美佐子さんが歌う「童神(わらびがみ)」の一節に、この映画の題名にある「風かたか」が出てくる。この言葉を引いて稲嶺進名護市長は「われわれ行政にある者、政治の場にいる者、多くの県民、今回もまた、一つの命を救う風かたかになれなかった」と悔しさに喉を詰まらせながら参加者に語りかけた。
 「風かたか」とは、沖縄の言葉で風よけ、防波堤のことだという。三上智恵監督は「次世代の子供のために『風かたか』になろうとする人たちがいる」と語り、多くのそういう住民が登場して、生き生きとした闘いぶりが描かれているが、その闘いを根っこのところで支えているの伝統文化の数々がこの映画の見どころだと感じた。
 石垣島で自衛隊配備予定地に立って島唄の一つ「トゥバリャーマ」を歌う山里節子さんはこう語っている。
 「私たちの島には、力や金や物など、そんなものはありません。でも、先人たちが気の遠くなるような長い時代の島ちゃび(離島苦)との闘いで残してくれた、謡や踊りがあります。私たちは、そういう貴重な文化に心を満たされ、洗い浄(きよ)われて生き抜いてきました。そんな心のエネルギーをみなぎらせながら、世の不条理の排除に挑み、そして太平洋戦争の悲惨さや空虚さを体験したことを一人でも多くの方たちに訴えながら闘い続けます。『標的の島 風かたか』という映像文化と、島々の自然や民俗文化を織り交ぜた絆を私たちの『かたか』にして、どこまでも抗っていきます」
 「標的の村」では米軍ヘリパッド建設に反対して闘う高江住民を主に描いていたが、本作では沖縄本島での闘いのほかに、南西諸島の宮古島と石垣島で進められている自衛隊のミサイル基地基地建設に反対する住民を描いている。
 この自衛隊基地建設は、「エア・シー・バトル戦略」に代わって登場した「オフショア・コントロール戦略」に沿ったものだ。伊波洋一さんは「勉強会」の場面でこの映画にも登場するが、「米中の全面戦争や核戦争を避けるために登場したのがこの戦略だ」と言う。
 県民大会の会場から宮古島に飛んだ映像は、全身を真っ黒の蔓(かずら)と泥だらけの神様「パーントゥ」が練り歩くシーン。子供たちは泣き叫んで逃げ惑うが、泥を塗られると厄が払われ縁起がいいという伝統行事だそうで、館内にも笑いが漏れる。ここでは自衛隊のミサイル基地が建設される計画を知った母親たちが「てぃだのふぁ島の子の平和な未来をつくる会」を立ち上げて反対運動をしている。
 次に隣の石垣島に飛ぶ。戦後、米軍基地に土地を奪われた沖縄本島の人たちは南米や離島への移住を余儀なくされ、ここで荒れ地を開墾して一級の農業地帯にした。その一人、於茂登地区自治会長の嶺井善さんから農業をはじめ多くのものを学んだという娘の千裕さんは、今春、進学で島を離れるが、最後の旧盆の日にもともと石垣にはなかったというエイサーを父とともに踊る。エイサーは移民の歴史を象徴する於茂登(おもと)の誇りだという。
 そのほか、「アンガマ」「豊年祭」、辺野古ゲート前での「サンシンの日」など、沖縄が育んだ多彩な民俗文化の底力には圧倒される思いだ。「マラリア地獄」の体験から軍隊というものの本質を暴き、だからこそとミサイル基地建設に反対する住民の姿なども言葉でしか知らなかった私は衝撃を受けた。
 三上監督は「まだまだ沖縄で生きている人の姿が全国に伝わっていないと感じていた。まず文化や生活を知ってもらうことが基地問題を考える際にも入り口になるのではないか」と言う。今後各地で予定されている上映会場にぜひ足を運んでいただきたい。(H) 


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