労働新聞 2002年11月25日号 学習

マルクス主義入門

エンゲルス著(1880年)
「空想から科学への社会主義の発展」(2)

社会主義の創始者たちの理論


エンゲルス(1820〜95年)

 今回は、第一章を紹介する。この章では、マルクス主義=科学的社会主義がどのような思想上の素材を手がかりにして誕生したのか、いわば「生い立ち」が書かれている。ものごとは「生い立ち」を知ることで、いっそう深く理解することができるので、ここはマルクス主義をつかむうえで大事だ。
 その起源は19世紀初頭のヨーロッパにある。それでは、この本にしたがって、皆さんといっしょに今から約200年前のヨーロッパにタイムトラベルしてみよう。

★啓蒙思想とフランス革命★

 18世紀のフランスは絶対王政が続き、農民は高い税金に苦しめられ、商工業者も産業の自由を妨げられ不満をもっていた。この王政に対する不満は啓蒙思想を生んだ。そして、1789年、「自由・平等・博愛」をかかげたフランス革命が起こり、王政が打倒されて共和政が誕生した。マリー・アントワネットの処刑は有名だ。
 しかし、この革命の恩恵は、最下層の人びとにおよぶものではなかった。貴族階級にとってかわったブルジョア(資本家)階級が、本格的に労働者を搾取する時代が始まり、深刻な社会的弊害を生み出していた。
 大都市の劣悪きわまる居住地にひしめく浮浪民、女性や児童の恐ろしいまで過重な労働、農村から都市への人びとの移動、不安定な生活条件に投げ込まれた労働者階級の貧困。要するに、啓蒙思想家たちが唱えた「理想の国」は、ブルジョアジーの国の理想化であることが明らかになった。
 
★社会主義者の創始者たちが登場★
 
 19世紀に入ると、この弊害に満ちた、閉塞(へいそく)した社会を変革しようとした人びとが登場した。その中で、社会主義の思想をかがげた人びとが、この章に紹介されているフーリエ、サン・シモン、オーウェンの3人だ。
 フランス人のサン・シモンは「自分にとって関心があるのはもっとも人数の多い、もっとも貧しい階級の運命である」と、労働者階級に注目した。また、「政治学は生産にかんする科学である」こと、「国家の廃止」など、後代の社会主義者たちの思想の萌芽を提起した。
 フランス人のフーリエは、ブルジョア世界の物質的・精神的なみじめさを容赦なく暴き出し、啓蒙思想家たちの魅惑的な約束やブルジョア・イデオローグたちのはなやかな美辞麗句を、このみじめさとつきあわせた。また、これまでの歴史の全行程を、野蛮、家父長制、未開、文明という四つの発展段階にわけて、弁証法を歴史観に導入したのである。
 イギリス人のロバート・オーウェンは、1800年からスコットランドのニュー・ラナークの大紡績工場の管理を引き受け、階級差別を撤廃するための提案を体系的に展開し、商人も工場主も無用な人間であるという実際的な証拠を提供した。
 エンゲルスは3人の共通点として、プロレタリアートの利害の代表者として登場したのではないこと、理性と永遠の正義の国を実現したいと願い、いきなり全人類を解放しようと考えたことをあげている。彼らのかかげる社会主義は、啓蒙思想と同じように「絶対的真理」を頭の中で追い求める空想的なものだったのだ。
 しかし、同時にエンゲルスは、「空想の覆いの下からいたるところで顔を出している、天才的な思想の萌芽や思想を喜ぶものである」と、彼らを高く評価した。

★なぜ空想的にならざる をえなかったのか★

 ではなぜ、彼らの社会主義は空想的にならざるをえかなったのだろうか。エンゲルスはその原因を、当時の経済状況に求めた。19世紀初頭、資本主義的生産様式はまだ非常に未発展だった。大工業はイギリスでようやく生まれたばかりで、フランスではまだ知られていなかった。新しい社会制度から生まれるブルジョアジーとプロレタリアートの対立も、まだ未発展だった。
 エンゲルスは以下のように書いている。「資本主義的生産の未熟な状態、未熟な階級の状態には、未熟な理論が対応していた。社会的な課題の解決は、未発展の経済関係のうちにまだ隠されていたので、頭の中からつくりだされなければならなかった。社会は弊害ばかりを示していた。これらの弊害を取り除くのは、思考する理性の任務であった。社会的秩序の新しい、より完全な体系を考え出して、これを宣伝によって、できれば模範的実験の実例をつうじて、社会に外から押しつけるということが必要であった。これらの新しい社会体系はユートピアになるという運命を初めから宣告されていた。それが細目にわたって詳しく仕上げれば仕上げるほど、ますますそれはまったくの空想にならざるをえなかった」。
 この空想的社会主義は19世紀の社会主義的見解を長いあいだ支配してきた。彼らのすべてにとって社会主義とは、絶対的真理、理性、正義の表現なのであって、それは時間、空間、および人間の歴史的発展とはかかわりなく、いつどこで発見されるかは、まったくの偶然でしかないという代物だった。
 しかし、大工業の発展による巨大な生産力の登場は、こうした空想を打ち砕いた。資本家と賃金労働者との階級対立、生産の無政府状態=恐慌が登場し、まさにこの巨大な生産力のうちに、この衝突を解消させる手段が発展してきたのである。
 そして、それらを認識する人びとが現れた。19世紀中ごろ、社会主義を現実の地盤の上にすえた、科学的社会主義理論の登場である。   (続く)


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